This weblog is the same as "The law is not the same at morning and at night".
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マックでDS | McDonald's Japan娘のお食い初めを行うために、近所のイトーヨーカドーへ鯛を買いにいくついでに、
店舗に入っている、マクドナルドで、コーラでも飲んでゆっくりしようと思い立ち寄ったところ、
昼時でもないので、猛烈なキッズの集団が、入口にたむろしていた。
キッズ達は、我も我も、も行きいきおいで、DSを中継機にかざし、
Wi-Fiでポケモンゲットだぜ!と意気揚に、大騒ぎ。
そのキャンペーン効果のせいもあるのか、
マクドナルドの中は、いつも以上にレジに長蛇の列。
私の目的は、コーラゲットだぜ!なので自販機でコーラを買うことにして、
マクドナルドからは引き返した。
キャンペーンは、各マクドナルド店舗でDSよりポケモンモンスターをDLして、コレクションしていき、
集まったところで、クーポンゲットだぜ!という流れのよう。
お客さん、つまり、ここでいうキッズのモチベーションとしては、
実はクーポンより、ポケモンだったりするのだが、
お父さん、お母さんが店舗へ連れていくわけであり、それで
子:「お父さん、クーポンだよ、クーポン。」
父:「じゃあ、何か食べて帰るか」
なんて、流れにもなったり、
そもそも、ポケモンゲットするために、店に入るわけにもいかないので、
ご両親は、何かしら、買い物をしないとまずいなぁ、なんて、気持ちにもなって、
結局、売上アップにつながったりするのだろうと思う。
少し前に、JRでポケモンとコラボレートして、スタンプラリーをしていた時は、
山手線に乗ると、ポケモンのスタンプ用シートを持った、親子を必ず見かけたりしたし、
今回の件も見て、キャラクター・キャンペーンは、反則的な訴求力があるなぁ、と改めて実感。
DSを筆頭に、ゲーム機は、ゲームができるというという目的が、手段に変わりつつあり、
本格的に、利用目的が、「楽しい」「便利」などの、もっと大きなレベルに、
進んできていますね。
- 2009/06/20(土) 19:00:00|
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POP OOGA(2008/09/17)
Shuta Hasunuma
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Shuta Hasunuma - MySpace高橋幸宏 、レイ・ハラカミ 、Akira Kosemura
この周辺が好きな人は、マジで買ったほうがいい!
数年前のレイ・ハラカミ登場以来の衝撃です。
とりあえず、現段階では今年のマスト。
コンテンポラリーダンスにマッチしそうな、
空間性が奥深く、さらにアクティブに進んでいく曲の展開は絶賛。
何度聞いても飽きない。
過去のCDも揃えたいー。
- 2009/06/06(土) 18:00:00|
- 音楽
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ペイドリンク■
ドメインエイジ久しぶりに仕事の話。
担当クライアントに、某大手ドメイン管理会社よりSEOの営業があったようで、
どうよこれ、資料を見てくれない?、と相談があり資料をみると、
ペイドリンクとドメインエイジが古いURLを販売して、SEOに役に立てようというものだった。
SEOを少しでも学んだことがある方はご存知かと思うけれども、
ペイドリンクは、Googleの公式サイトではっきりと禁止をうたっている。
また、ドメインエイジも古ければいいというものではなく、あくまでのサイトの信頼性を判断する指標の一つであり、
どんなに古いドメインでも、途中でサイト内容が変更されれば、
サイト評価はゼロとなるとされている。
これらの手法は、検索エンジン側の視点に立つと、ランク操作と捉えられてもしかたがない。
このような手法で、上位にランクされるサイトは、短期的には成功するかもしれないけれども、
結果的に、検索エンジンの利用ユーザーは有効な情報を獲得できなくなるため、
検索エンジンにとっては不利益となり、そのようなコンテンツは、排除対象となるのだと思う。
私がショックだったのは、某大手会社が、そのような営業を堂々と行っているということである。
資料も、SEOを少し勉強している人しか、わからないという、
微妙なラインをついている内容で、
見る側の、知的な部分を刺激しているので、余計たちが悪いものとなっている。
確かにテクニカルな部分でのSEOは存在するが、
それは、別の言い方で表現すると、
優れたインターフェース、およびユーザーエクスペリエンスを提供できる
サイトを構築するための、フレームワーク的なテクニックとも言いかえられるのかもしれない。
SEOありきの考えはよろしくなく、
正しいナビゲーション設計はユーザーエクスペリエンスを向上させ、
結果的に、SEOとしても大きな効果を上げるという考え方が正しいんだと思う。
SEOに対して、いやらしいなど、ネガティブなイメージを持っている人が減らない理由は、
怪しいSEO業者が多い理由も一つなのかも。
検索順位を上げることがサイトの目的ではなくて、
検索順位が上がることは、正しいルールに従い、正しいコンテンツ設計やプロモーションをした結果にすぎないのではないんじゃないかなぁ。
クライアントには、やめたほうがいいですよ、と伝えておいたけれども、
中途半端な知識がある人は、引っかかるのかもしれないな。
- 2009/06/02(火) 23:00:00|
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この世でいちばん大事な「カネ」の話 (よりみちパン!セ)(2008/12/11)
西原 理恵子
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『仕事っていうのは、そうやって壁にぶつかりながらも、出会った人たちの力を借りて、自分の居場所をつくっていくことであると思う。』西原理恵子が働くことと、幸せをつなげるカネというものの意味を
筆者の泥臭い貧しい幼少時代から、漫画家になるまでの経緯の中の経験より
答えを出そうとしている一冊。
カネを持っていると、仕事から解放されることで自由時間を獲得できたり、
場合によっては、他者と比較して、優越感を得られたり
そして、何より、生活の基盤を確実にすることで、安心感を得ることもできる。
逆に持っていなければ、生活に必要な行動、およびモノが手に入らないため欲求が満たさない。
そのことで、満たされない欲求を埋めるため、小さな欲求までも、執着して満たす行動をとってしまう。
些細なことで喧嘩をして人間関係を壊したり、
反社会的な行動により、他者とは異なる自分存在を無理やりアピールする。
一言で言えば、不幸になる確率が高い。
綺麗ごとはなく、私たちは資本主義社会で生きていく上で、
残念ながらカネは必要不可欠だ。
カネを得る方法は、社会的に見て価値があると判断されることであり、
それは、能力、技能だけでなく、コネクション、家柄、なども含まれる。
昔は能力を得るためには、幼少から高度な教育を受けることで、他者との差別化を図ることができ、
よりよいスタートダッシュをきることができたかもしれないが、
現在は、多くの人たちが、その教育を受けているために、差別化にはならない。
つまり、差別化されない高度教育はカネに結びつかない。
筆者は、他者との差別化を図るためには、自分の位置を客観的に判断して、
そのポジションから、自分に適した道へ進むべきであると、提言している。
(その道は、自分では見つけられず、他者より気づかれることもある。)
人間は平等ではない。スタート地点で他者との差別化は始まっている。
現在の学校教育は、人類みな平等、的な教育を施し、
それが結果的に、正しい金銭の価値を学ばせていないこととなる。
カネは汚いモノである、という教育は、カネの思考を強制的に停止させる
犯罪的な行為であり、それは国や経営者にとり、都合のよい洗脳教育となる。
本書は、カネは人間関係であるとも説いている。
カネは、金銭の貸し借りはもちろんだが、
経営者、雇用者の関係、親子の関係、を平等なもとのするものだ。
筆者の泥臭い話は、カネの存在について深く考えるためには、
強烈すぎる程、強烈。
社会人になり、働くことの意味や、カネの存在を深く掘り下げたい方には
お勧めの一冊。
心にぐぐっときますよ。
[関連書評]
・
【書評】弾言 成功する人生とバランスシートの使い方
- 2009/05/30(土) 23:00:00|
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スマイルズの世界的名著 自助論 知的生きかた文庫(2002/03)
サミュエル スマイルズ
商品詳細を見る・人生の最高の目的は、人格を強く鍛え上げ、可能な限り心身を発展向上させていくこと・他の習慣と同じように、ものごとを楽観的に考える習慣も意志力から生まれる改めて考えさせれれる世界的ベストセラーの道徳書。
ここに書かれていることのほとんどが、何処かで見たり聞かされている内容だが、
ベストセラーとして長く愛読されている理由としては、
その当たり前のことが、実際の行動例より、
わかりやすく伝えているところだと思う。
本書に書かれている、
自分の意思で自分の好きな方向に進んで、すぐにあきらめずに継続して鍛錬することは、
私たちが小学生のころに学んでいること。
しかし大人になるに従い、誘惑やあきらめにより惰性になっていくところがある。
社会が安定している時代では、
自分自身がある程度不安定であっても社会がそれをフォローしていてくれたのだろうけれども、
現在のような経済的にも精神的にも不安定な時代になればなるほど、
自分の気持ちもコントロールの重要度が増すような気がする。
今後は、はっきりとした自分の意志が示す方向は、他人任せにはできない時代に違いない。
以下抜粋。
[【書評】自助論]の続きを読む
- 2009/05/06(水) 19:00:00|
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今週末僕は、里帰り中の妻の実家へ戻り、初めて赤ん坊の世話をした。
生後2週間程の赤ん坊は、まるで人形のようで、
今にも折れそうな手足をしている。
僕は実家では、いつも苦労している妻のフォローすることもあり、
おむつを取り換えたり、沐浴をしたり、
妻の両親に自分の手際の悪さをきつく指摘されながら世話をした。
赤ん坊は2,3時間ごとに目を覚ます。
その度に、おむつを取り替える。そして妻は母乳を与える。
もちろん昼夜問わず。
妻の仕事の後、僕は子供が眠りにつくまで抱き上げる。
母乳を飲み、おむつを取り換え終えた子供の顔は、
なんとまぁ、素晴らしく満足げで、
まだ表情もはっきりしないのだけれども、僕はいつも笑っているように見える。
子供が生まれた時は、どこか他人事のような心地がしていたけれども
ようやく、夜中に起こされて、おしっこひっかけられそうな苦労ををして、
その後少しだけいい気分をもらって、
あぁ、子供が生まれたんだな、と体感できた。
妻と子供と一緒に過ごした週末はすぐに終わり、
日曜日の夕方に別れ、僕は新幹線で帰京する。
今は実家にいる妻も一か月ほどすると、この部屋に戻ってくる。
生活が一変するデモンストレーションを、妻の実家で体験して、
それを、一か月後に僕と妻だけでできるのかという大きな不安があるが、
現実は待ってくれないので、どうにかするしかない。
妻の実家に住んでいる、
幼稚園の子供が2人を持つ義兄の奥さんは言う、
「この頃はかわいくて何も話さなくていいよね」
と。
今が決して一番大変な時期ではない、ということである。
まだ週末しかしていない子供の世話、
しかも、そのうちのほんの一部の世話しかしていない僕が言うのは生意気だけれども、
こうやって苦労して大人になっていくのか、と思った。
僕が子供の頃に見た大人の歳になった時、
「大人も意外と心は幼稚なんだな」
と思ったけれども、
それは大人が幼稚なのではなくて、
今振り返ると、その時の僕個人が幼稚だったんだと思う。
僕が子供の頃に見ていた大人は、親だったんだ、ということに気がついた。
以前ある人から聞いた、
「子が生まれて、親が生まれる、三人は同い年」
という言葉が、なんとなく、とてもぼんやりだけれども
わかってきたような気がする。
生れたのは子供だけじゃなくて、本当に僕もかもしれない。
こうやって子供のころに見た大人に、僕は少しづつ近づいていくんだろうな。
近いうちにまた、妻と子供に会いに、そして大人になる修行のために帰ります。
赤ちゃんのうんちはマスタードみたいでした。
- 2009/03/22(日) 22:00:00|
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一生持ち続ける名前を決めるってすごいことだよな、と改めて思う。
- 2009/03/14(土) 22:25:07|
- 自分
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病院で子供を見てきた。
事前に聞いていた通り女の子だった。
産まれたばかりなので、あまり動いていなかったけど、
母子ともに健康なことにとりあえず安心した。
そして、あぁ、おれが産まれたとき、自分の親はこんな感じだったんだな、
って思うことができた。
自分は親からこのように思われていたのかと、
これから時間が経つごとに、
それぞれの子供の歳で感じるのかもしれないな。
ゲームを隠す親の気持ちがわかるかもしれないし
お年玉を没収する親の気持ちがわかるかもしれないし。
自分の勝手でこんな時代に産んでしまい申し訳ない、
自分が裕福な家庭でなくて申し訳ない、
これからいやな思いたくさんさせてしまうかもしれないけど申し訳ない
と子供には言いたいけれども、
きっとそれなりに楽しいこともあると思うよ、根拠ないけどね、とも言いたい。
これから子供を育てるために、失うものはたくさんあるだろうし、
自分の時間とか、もうないだろう。
それが怖くて子供を産めなかったこともあった。
でも、きっと得られるものたくさんあるに違いない。
自分自身のために、妻と子供と生きて一緒に成長していって。
改めてようこそ、我が家へ。
そろそろ名前決めないと。
- 2009/03/13(金) 01:59:18|
- 自分
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