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本来の成果主義 このエントリーを含むはてなブックマーク

成果主義が機能を為すためには、個人が希望する仕事量と会社が希望する仕事量を話し合った上で、
評価、査定を受けて、給与が決定された上で成立することが健全ではないかと思う。

世間では、成果を得られない人が辛い思いをする制度と見られがちだが、そんなことはない。
大げさな話、仕事量を減らして欲しかったら、そのことを会社に伝え、
互いの合意の上給与を減らしてもらった上で、仕事をすることだって可能ではないだろうか。
大きな報酬を得たいのであれば、大きな目標を会社に提示し、
その目標達成度により報酬を得ることができることが正しいのではないか。

何となく働いている、のではなく、これからはしっかりとした、
会社との合意の上で働いていくことが大切になっていくのだろう。
勝手に給与が下がった、とか上がったとか、
なんとなくが年功序列型の一番の弊害のような気がする。

経済が成長することが約束されていた頃の年功序列型の給与体系は、
若い頃の労働が結果的に企業へ預ける貯金となり、
年を重ねた将来の自分への給与に反映されるものだったかもしれない。
将来を約束してくれる会社(社会)との関係はなんとなく、でもよかったのだろう。

そのような前提が確実であれば、年功序列型の給与体系は、
会社も社員もストレスがなく、素晴らしいものだと思う。

しかし、現在は将来の成長は全く予想できない。
今働いた貯金が将来に跳ね返る、ということは約束されない。
そうなると、利益を上げた時に、その分給与を社員に与えることでしか、
会社と社員との信頼関係を保つことはできないかもしれない。

人口が減っていくことは、大きくなることが確実ではなくなること。
世の中には、大きくなることを前提としたルールが多く存在している。
ルールは秩序を保つものだ。
そのルールが意味をなさなくなったら・・・。

これからの社会の秩序を保つためには、
給与体系を含めた色々なルールを見直すべきではないだろうか。

※補足
私は年功序列型の給与体系を全否定しているわけではない。
例えば、組織に長く在籍している経験給とうものも必要となると思う。
組織に長く在籍していることによる、人脈や会社内の把握の蓄積は大切だ。
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  1. 2008/01/23(水) 00:00:00|
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