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やりたい仕事がないことは悪いことではないと思う このエントリーを含むはてなブックマーク

「やりたい仕事がない」人を否定することは間違っているんじゃないか。


やりたい仕事がないということは、今の状態に不満がなく
目の前に事に対して集中しやすい状態だろうし、
もしかしたら、既に欲を満たしている自分に
気づいていないだけのような気もする。

やりたい事があって、それができない状態は、とても悩んで苦しむ。
そしてそれができたところで、頭に描いていたもとの異なり、
同様に、悩んで苦しむ。
それは、心が安定している状態とは言いにくい。

やりたいとか、してみたい、とかそんな衝動は事故のようなもので、
むりやり探し出すものでない。
会社を辞めてまでも自分探しの旅とか、私はよくわからない。
自分の中に生まれる欲は、単なる巡り合わせで発生したもので、
日常に存在するものだ。

「やりたい仕事」は、きっと交通事故と同じで、いつ目の前に表れるかわからない。

もし「やりたい仕事」という欲が自分の体に入り込んだら。
その瞬間はハッピーかもしれないが、そんなのは束の間であり、
前述した通り、その後は、現状の自分と理想とのギャップに悩み苦しむ。

そして、実際に「やりたい仕事」ができている人は幸せなのかなんてわからないし、
永遠に「やりたい仕事」がない人が不幸である、なんてことはわからない。

残念ながら、ただ1つ言えることは、
人は苦しみを経験し、
その苦しみから、何かを学び人間的に成長することが多いということだ。

「やりたい仕事」を持つと人は苦しむ、そしてそこから何かを見いだし成長する。
「やりたい仕事」ができない人だって、沢山苦しんだ結果、
何かしらの結論を出し、そして大きく成長する。

しかし、成長することが、その人をハッピーにするとは限らない。
成長と幸福は一致しているなんてわからない。


なんか幸福とか不幸とかという話になってしまったけど、
「やりたい仕事」は自分の欲の1つあり、
欲は、「やりたい仕事」に限らず、それを得るために、
それなりの努力が必要であり、
しかも得たところで、その人が幸福になれるとは限らないということ。

であれば、もともと無欲で生きて、
自分が空っぽのほうが楽しく過ごせるんじゃないか、とうことも言える。

きっと1つの答えなんてなくて、
しかも全ての人が個々の正答を持っている問題かもしれない。

仕事にやる気がなくたって、あったって、
自分の信じる正答を目指して進めば、きっと納得できる人生を過ごすことできて、
それがハッピーな毎日に繋がっていくんじゃないか。そう思いたい。

文章がまとまっていないのは私の頭も纏まっていないことの表れです。
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  1. 2008/03/03(月) 00:00:00|
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  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2|
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コメント

悩めるねー。

すでに読んでいるかも知れませんが、

安岡正篤 氏。
なにか読んでみてください。

より深く悩めます。

個人のその時の心の状態や環境もあるので、
一概に良い本ですよとはいいません。

時間がありましたら、ご参考まで。。。
  1. 2008/03/04(火) 02:09:34 |
  2. URL |
  3. ゲヲルグ2 #-
  4. [ 編集]

>個人のその時の心の状態や環境もあるので、

とても大きいと思います。
書かせてもらったエントリーだって、明日になったら全く違う考えになっていることだって
十分にありますしね。w

安岡正篤氏の書籍は本屋に行くとよく目にしますね。
今度手に取ってみます。
  1. 2008/03/12(水) 22:08:30 |
  2. URL |
  3. kenshi0815 #-
  4. [ 編集]

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