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【書評】アンビエント・ドライヴァー このエントリーを含むはてなブックマーク

アンビエント・ドライヴァー THE AMBIENT DRIVER (マーブルブックス)アンビエント・ドライヴァー THE AMBIENT DRIVER (マーブルブックス)
(2006/09/28)
細野 晴臣

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『いままでで生きていて、その場で何が起こっているのかわかったことはまずないと言ってはいいのではないだろうか』
『「外情報」の欠落に、人間は敏感だ。だから、プロセスを経ずに意図してつくられたものはすぐに見抜かれる』
『僕にとって音楽をつくる行為は、どこかで聞いたことがあるような、どこかで見たことがあるような、夢のようなものを思い出す行為に近いことなのだ』


細野晴臣氏がアンビエント・ミュージックへ傾倒し、そこから回帰するまでの10年の軌跡、
そして音楽を軸とした自身の私生活、交友、環境・精神への関心など多岐にわたった雑誌で連載されていた文をまとめた一冊。

いつも聴いている曲と文章のリズムが合っていて、
音楽というものは、その人の今生きているリズムまでも反映されているのかもしれない。

ものをつくる人間が作り上げた作品は、その人の鏡のようだと感じるときがある。
Webの世界に身を置いているせいか、
デザイン、プログラミング、そしてドキュメント一つとっても、
その人の論理な部分、心情な部分を垣間見ることができたりすることがある。

閑話休題。

書籍読んだ後で、細野氏の曲を聴いたら
バックグラウンドが広くなったせいか、また別の角度から感じることができた。
この本は、細野氏の音楽を正しく拡張するフィルターかもしれません。

細野ファンは是非手にとってみては。

以下抜粋。

・円盤を見たことを認めることは、それまでの世界観を脱皮していく過程を受け入れることにつながるのだ。
・好きだということは尊敬しているのだ
・「受ける」ことも「待つ」ことも、敬意をもっていなければできないこと
・僕たちは居心地のよい場所に定住すべきではない
・たとえば南の人間であっても、北に行っててつらい目に遭わなければならない
・誰かと話をしていて、その人のわからないことをわかりやすく説明しなければならないことがある。そんなとき、これは僕の意見でなく自然界だという気持ちで喋っている
・同意があったと思う根底に精霊信仰があれば、どこか大地に根ざした安心感があるもの
・人間が何かを感じる領域というのは、非常に限定されている。芸術にはその領域を広げる力がある
・快感は、感覚が広げられたその瞬間にやってくる
・音楽に限らず、芸術とは鑑賞するよりは体験するものではないだろうか
・静寂野とは共生関係を司る部分らしいが、ヒトの脳では、これがほとんど未開発だという
・自分を通して世界とつながっていることを実感しているのだろう
・自分一人で作り、自分一人で聴く作業から生まれたひそやかな音楽ではあるが、それを人に聴いてもらうのも、僕にとって楽しみの一つだ
・実際に「別の仕事」ができてから振り返ると、自分がソロでつくりだがっていた音楽の片鱗がそこで花開いたりするのだ
・「悩んで困ったときには死のことを考えろ、そうすれば落ち着くものだ」
・自分が死ぬことを考えれば、何かが必要か自ずとわかってくる
・集合点-つまり世界の見方のアルゴリズムを移動させたくない
・集合点を移動させることは、そのシーソーから降りることにほかならない
・変わるまいと抵抗する力をふっと緩めてみると、別の景色が見えてくる
・その両端の間(秩序と無秩序)に横たわる複雑性が、人間にとって面白い
・混沌とした無秩序に何かしらの法則性を見つけると、急に関心を示す
・複雑性というのは、いかに多くを捨てたかによって生まれる
・「外情報」の欠落に、人間は敏感だ。だから、プロセスを経ずに意図してつくられたものはすぐに見抜かれる
・想像力をかき立てる意外性と複雑性が人間には不可欠
・病気に限らず、無意識のうちに動くことで生じるトラブルが多すぎる。意識のフィードバックで自分を吟味していくことは、これからますます重要になってくるだろう。
・踊るためだけに作られた音楽は営業にしか聴こえない
・他人のバイオグラフィも父親の享年も、自分の人生を測る物差しの目盛りのようなものなんだろう
・人間はそのなかで生きているから、何事も終わってみなければ全体像を把握することができない
・いままでで生きていて、その場で何が起こっているのかわかったことはまずないと言ってはいいのではないだろうか
・自分の評価を人に委ねていたら落ち着かない
・ストレスを溜め込んだり、逆に弛緩した生活をしていると自律神経が不調になって、顆粒球とリンパ球のバランスが崩れ、病気にかかったり体に変調をきたしたりする
・人間の体には、自分で思っている以上に自然治癒力があるということ。
・病気も死も生命活動のうちであり、自然界の手の中にあるものだ。自然に任せて放っておくことも一つの技術
・社会というものはとても理性的、あるいは解剖学者の養老孟司氏が言うように頭脳的なものなのだ
・一番困るのは、インタビューアーが自分にしかわからない言葉を使って質問するときだ。答えがそいうものである以上、やはり問いも大事なのだろう
・問いを発することは学問の基本的な方法
・問いを発し続けること、答えを引き出そうとすること-それは簡単に見えて意外と難しい
・正しいとき、正しい場所にいるのが自然
・自分を無理なシチュエーションに追い込むのは、危険なことだから
・お客さんを意識する前には、まず自分たちが楽しむところから始めないと、ステージが苦痛な場にすぎなくなってしまう
・ルールがあって、マイペースでやっていていいというのが最高の状態かも知れない
・世の中に、追い求めると逃げていくものはたくさんある。そういうつかみがたいものは、自分の外部ではなく内部にあるのでないだろうか・頼りになる根拠は、いままではなんとかできたということだけだ
・自分がやってきたことや、それまでの自分のスタイルを忘れると、自由になれる
・日常に大事なことばかりあふれていたら、なかなか気楽になれない。普段は大事なことを忘れているから、生きていけるのだろう
・職業として音楽を続けるには、音楽の歴史に関わっていく必要がある
・生命力が弱っていたと思う。こういうときは、人間の悪意や敵意を受けやすい
・「おじさん」たちが優雅に遊んでいることと、子どもたちの行動と犯罪は、決して無関係ではないはずだ
・僕にとって音楽をつくる行為は、どこかで聞いたことがあるような、どこかで見たことがあるような、夢のようなものを思い出す行為に近いことなのだ
・ライヴで演奏するときなどは、緊張すると間違えるから、できれば緊張したくないと思う。だが、その緊張がなかったら、ものをつくるのは難しい。ものづくりというものは、必ず緊張が伴うものだから。緊張とリラックスの中間の微妙なところにいないと、いいものはなかなかつくれない
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  1. 2008/06/03(火) 06:00:00|
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