ライブから一晩経って、ちょっと思い返したことがあるので書いてみる。
阿部定忠治、U字工事、ダーリンハニー、名刀長塚、ユリイカ超特Qとか、
赤いプルトニウムとか、その他もいろいろ楽しかったし、
あまり笑えない感じの方もいたのも事実なんだけど、
あの芸人さんがおもしろい、とかつまならい、とか評価ができるくらい、
客観性は持ち合わせていないし、ライブも初めてだったので、
あまり、評価とかしたくないので、以下はそういう観点からではない感想。
一番に感じたことは、まぁ、ありきたりだけれども、
TVと舞台とでは求められるスキルが違うんじゃないか?と思ったこと。
これは芸人さんに限ったことではないんだけれども、
一般の社会生活でも、対個人では話し上手な人は、スピーチになると全然ダメだったり、
反対に、スピーチは饒舌なんだけど、個人的に話すとつまらない人がいたりする。
合コンとかでも、場を盛り上げるのが上手なんだけど、
個人的な関係になると、静かになっちゃう人とか、ちょっと違うかも知れないけれど。
もちろん、その2つともうまく出来る人はごまんといて、実際にそういう人は沢山知っているし、
じゃあ、そういう人はなんで、どちらも上手いのだろうか、と考えると、
対象に合わせて会話をしているからだと思う。
例えば話の内容だったら、
会話の場合は流動性が求められるけれども、スピーチの場合は一貫性求められる。
気持ちだったら、会話は本音が求められて、スピーチは建前が求められたりする。
つまり相手に応じて出方をうまくできる人が、会話においては成功するような気がする。
もしかしたら、ここで障害になるのは、個人的なこだわり、で、これが強いと強いほど、
相手との隔たりが発生する可能性が高くなるのかもしれない。
前に自分自身の気持ちが仕事の妨げになる、ような
記事を書いたけれども、
それと通ずるものがある。
話戻って芸人さんのこと。
長い時間を舞台を見させてもらったけれども、確かにおもしろい方は沢山いた。
しかし、これがテレビだとおもしろいんだろうか?と感じる人もいた。
もちろん、テレビだとそれに対応するようなネタになるんだろうけれども、
舞台での雰囲気を保ちつつ、テレビで表現することって、ものすごい難しいんだろうって思う。
うまくまとめられないので強引に纏めると、
どの社会も相手に応じて、自分をぎりぎりに変化させて表現しないと、
認められる可能性は低いんじゃないだろうか。
そこには変化しすぎて、自分の軸を見失ってしまうこともあるかもしれないけれども、
その軸でさえ、本当に自分の軸で良いのか、という自問自答も必要だろうし、
絶対に失ってはいけない軸もあるだろうし、心のコントロールが大事になるような気もする。
あぁ、深く考えすぎてしまった。
- 2008/06/22(日) 13:30:00|
- 自分
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